【コラム】なぜ私は自治会活動にはまったか;第1回「衆議院議員からの転身」
赤松正雄さんのコラムがスタートします!!
明峰コミュニティのホームページを愛読してくださる地域の皆様、関係者の皆様いつもご支援ありがとうございます。
さて、コラムを開設して七か月が過ぎました。著名な方に執筆をお願いしてそれぞれの観点から連載して頂き喜ばれています。
この度私が尊敬する先輩の赤松正雄さんが、川西市を訪問された機会に姫路市での自治会長の活躍をお聞きして、コラムの執筆を是非ともお願いしました。快く引き受けていただき心より感謝申し上げます。
明峰地域においても自治会長を引き受けてくださる方が少なくなっています。
他市の自治会活動の奮闘がわがコミュニティの励ましとなればと思っています。
明峰コミュニティ推進協議会 会長 横谷弘務
姫路に生まれ、神戸で育ちながら、学生時代を東京で過ごし、卒業してからも長く首都圏を生活基盤としてきました。そんな私が生まれ故郷に戻って衆議院議員を務めたのは平成に入って直ぐ。6期20年の現役時代を経て、勇退してもう5年余りになります。公務を終えて身辺整理に余念がなかった頃に、思わぬことに自治会の副会長をする巡り合わせになりました。それまで東京と姫路を金帰月来する日常でしたので、地域活動ーゴミ出し、溝掃除から秋祭りに至るまでーは全て妻任せ。国の仕事はしていても、恥ずかしながら足元については我関せずだったのです。恐る恐る手を染めだした自治会活動でしたが、二年任期の副会長職を一年で終え、会長になってしまったのは今から三年前。この度、ようやく後継の方を探し出し、バトンタッチすることが出来ました。肩の荷を降ろしたばかりですが、拙い経験談を述べさせて頂きます。

兵庫の西の端に位置する姫路市は、国宝で世界遺産の姫路城で持つ街です。お城の西どなりに位置するのが私の所属する新在家自治会。410世帯、4区23隣保で構成されます。古くからの住民と比較的新しいひと達が混在する住宅地域にあります。御多分に洩れず、自治会活動は低調で、老人会は私が引き継ぐ寸前に“店仕舞い”している有様でした。何をするにも参加者が少なく、盛上がらぬことおびただしかったのです。そこで私はまず、一軒一軒訪問して我が地域にどんな方が住んでおられるかを掌握することから始めました。
(続く)
赤松正雄さんのプロフィール
⚫︎昭和20年(1945年)兵庫県姫路市生まれ。
⚫︎昭和28年に神戸市に転居。市立垂水中を経て、県立長田高校卒。
⚫︎慶應義塾大法学部政治学科(昭和44年)卒。
⚫︎公明党機関紙の公明新聞記者を18年経験。
⚫︎故市川 雄一元衆議院議員秘書を約2年経験。
⚫︎姫路市に帰り、旧兵庫4区で衆議院議員選挙に初挑戦するも次点。
⚫︎苦節3年の末に、初当選(平成5年)。2回目からは、比例区に。
⚫︎公明党副書記長、同憲法調査会座長、同外交安保部会長を務める。
⚫︎衆議院国土交通委員長、同総務委員長、厚生労働副大臣を歴任。
⚫︎平成25年に勇退。現在、一般社団法人「瀬戸内海島巡り協会」専務理事。